主よ、われらの神よ、われらはみ顔のまえにあり、全能者なるあなたのまえに膝をかがめ、あなたがわれらを祝福してくださるとの信仰によって悔い改めをいたします。
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もろもろの心をあなたに向けさせ、あなたのご好意がますます豊かに、明瞭にわれらに与えられ、目あてに達しうるようにしてください。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、138f頁
〔「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。〕(マルコ1・15)
2018年6月17日(日)
悔い改めとは、方向変換という意味だそうです。いままで人間、そして自分自身に向かっていた心を、神さまの方向に向けるのです。方向を変えただけでは立っている場所は変わりませんので、一見何の変化もないように見えます。しかし方向が変わったということは、大きなことです。どんなに速度が遅くても神さまのほうに向かっていけるのです。逆に方向が間違っているならば、速度が速いのはおそろしいことかもしれません。
この悔い改め。キリスト教信仰においては大切なポイントです。しかし人間の力でできるものではありません。神さまの恵みによってはじめて可能となることです。神さまの祝福によって可能となることなのです。
ますます神さまの恵みを祝福を学び、悔い改めて、神さまの方向に向かう者とされたいと思います。