この人間の生は永遠の中に根ざし

愛しまつる在天の父よ、われらは感謝をもってみまえに赴き、あなたが地上にあってわれらと共におられることをよろこびます。戦いに満ち、試練に満ち、さまざまの反対がわれらに迫ろうとも、われらは自分がみ手のうちにあることを知り、すべてがみ心のままに行なわなければならないことを知っています。われらをまことにしっかりと堅くみ手のうちにとどまらしめ、たとえ自分に気に入らないことでも、あなたがそれをなし、すべてをよい目あてへ導き出してくださることを知るゆえに、これを耐えることができるようにしてください。・・・この人間の生は永遠の中に根ざし、苦しみの中にあってもとだえることなく、あなたの栄光のうちにあるのです。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、37f頁

〔慈しみをいただいて、わたしは喜び躍ります。あなたはわたしの苦しみを御覧になり/わたしの魂の悩みを知ってくださいました。〕(詩編31・8)

2018年2月6日(火)

神さまは私たちのまことの父です。この父は在天の父です。天におられる父です。その神さまは「あなたが地上にあってわれらと共におられることをよろこびます」と祈ることのできる父です。つまりこの神さまは地上にあって私たちと共におられるのです。天におられると同時に地上におられるひとりの神、それが聖書の指し示す神さま、キリスト教会の信じている神さまです。

どうじに二か所に存在するということは私たちの理性を超えています。キリスト教の神さまは、理性に反しているのではありません。しかし、理性を超えているのです。

この真理が「人間の生は永遠の中に根ざし、苦しみの中にあっても とだえることなく、あなたの栄光のうちにある」と私たちをして告白させるのです。

それにしても「たとえ自分の気に入らないことでも・・・」との祈りは大切です。教会で「自分の気に入る道が実現しますように」と聞こえてしまう祈りを耳にすることがありますが、そのような祈りはブルームハルトの祈りとは正反対の祈りであると言わざるを得ません。人間の生が永遠の中に根ざしていることを知らない祈りであると言わざるを得ません。