人間の変革
2017年10月12日(木)教育の根本的試金石は、わたしたちの主に似るように人格を成長させ、根本的にその人格を変革させることである。・・・教師はその点で、神の同労者となるのである。人間の努力だけでは、いかなる学生にもこの霊的変化をもたらすことはできないからである。
〔河井道〕
『愛と自由のことば』
大塚野百合、加藤常昭編
日本キリスト教団出版局、1972年12月15日初版発行
2011年6月20日第14版発行
312頁
「けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分が、どの人たちからそれを学んだかを知っており、また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。」(第2テモテ3・14~17)
恵泉女学園を創立した河井道の言葉。
聖書は人を救いに導くことのできる神さまのことばです。また聖書は救われた人を良い働きのために整えられた者とすくことができる神さまのことばです。キリスト者を生みだし、成長させる言葉です。
キリスト教学校の存在意味と目的はここにあると河井先生は語られました。ミッションスクールもそうでない学校も、今日のキリスト教主義学校はすべてこの存在意味と目的を確かにしようと悪戦苦闘をしているのだと思います。
公立学校では、道徳は教科となるとのこと。それは道徳が成績の対象となるということであり、数字で計られるということでしょう。それに対しては議論の余地があるように思いますが、道徳教育、そして宗教教育は大切なことだと思います。また道徳教育を行う学校をはじめ教育機関自体が高い倫理観を持つことが必要とされていると思います。
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