〔死者の復活 ― 第1コリント15章〕
2015年11月21日(土)
「この人間」、すなわちかかるものであるこの「肉体」は、この最後の希望「無くしては」決定的にまったく「神の国の外に」あります。この肉体の命自体の中には、御国を相続する可能性はありません。そのためには天から来られる御子であらねばなりません。
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死につつある人、死んだ人は、生きている人同様どれほど立派であろうとひどかろうと、「救済されていない」人であります。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小槌千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、620f。
人間は生きてきたように死ぬといわれます。良い死を迎えるためには、良い生き方が大切である、ということです。
しかしこの肉体の死は、最終的な死ではありません。
神さまの前の最終的な死において、良い死を迎えるためには、良い生き方ではでは歯が立ちません。天から来られた御子イエスさまが必要です。
御子イエスさまへの信仰だけが、良い死を迎えること、すなわち御国を受け継ぐ道です。
(祈り)
神さま、御子エスさまの十字架と復活の贖いのみわざを感謝します。
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