「夫れ真師は惟一、即ち基督なり。他は皆兄弟なり。同門なり。相共に愛して学ぶべきなり。必ず忘るべからず。」
新井奥邃、『聖言』、31
「まことの師はただひとり、キリストのみである。ほかな皆兄弟である。師を同じくする相弟子である。たがいは共に愛し合いながら学ぶべきである。このことを忘れてはならない。」
キリストこそ、まことの師です。お互いはいかに優れていても、あるいはいかに優れていなくても、そこに師弟の間柄を持たないほうがいいのです。みな兄弟、相弟子として、互いを大切にしつつ学び合うことが大切です。人間はこのことをすぐに忘れてしまいます。
そういう意味では、牧師も一生涯求道者(ぐどうしゃ)であることを忘れてはいけないのです。学ぶということを忘れたとたんに、こぐことを止めた自転車のようにぱたんと倒れてしまいます。イエスさまだけが先生であり、すべての人はお互いに励まし合いながら学び続けましょう。
〔聖書の個所〕
それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。
(ヨハネ13章14節)
見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。
(詩篇133編1節)
兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。
(ローマ12章10節)
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