「温柔なると同時に剛毅なる者以て道に進むべく、而して厳威ありて寛厚なる者以て事を成すべきなり。」
新井奥邃、『聖言』、19
「穏やかで素直な心と同時に意思がしっかりして物事に屈しない心を以て道に進むべきである。そうして厳かで威光があり心がゆったりしていて温厚なあり方を持って仕事をなしていかなければならない。」
柔らかい心を強い心が共存することこそ、人間の成長ではないかと思います。どちらかに傾きやすいものですが、両方を兼ね備えたいものです。そうしてこそ何かをなすことができるのです。
神さまを信じる者の強さは、よくしなる竹のような強さです。決して刃金のように寄る者を片っ端から切り付け、そのくせ限界が来ると自らがぽきんと折れてしまうようであってはなりません。そのようなもろい強さは何かをなすことができないでしょう。
事をなす者は、厳かな心、ゆったりした心、温かい心、広い心を持っています。
〔聖書の個所〕
「人がもし監督の職につきたいと思うなら、それはすばらしい仕事を求めることである。」ということばは真実です。ですから、監督はこういう人でなければなりません。すなわち、非難されるところがなく、ひとりの妻の夫であり、自分を制し、慎み深く、品位があり、よくもてなし、教える能力があり、酒飲みでなく、暴力をふるわず、温和で、争わず、金銭に無欲で、自分の家庭をよく治め、十分な威厳をもって子どもを従わせている人です。
(第1テモテ3章1~4節)
同じように、若い人々には、思慮深くあるように勧めなさい。また、すべての点で自分自身が良いわざの模範となり、教えにおいては純正で、威厳を保ち、非難すべきところのない、健全なことばを用いなさい。
(テトス2章6~8節)
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