「人は謙遜卑下して大謙に由るに非ざれば、善美を其の身に体する能はざるなり。善美の国に厳法あり。謙と云う。」

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「人は謙遜卑下して大謙に由るに非ざれば、善美を其の身に体する能はざるなり。善美の国に厳法あり。謙と云う。」

新井奥邃、『聖言』、4

「人は謙遜とへりくだりという方法によって、より深い謙遜に向かうのでなければ、善と美をその身に体得することは出来ない。善と美の国に厳しいルールがある。それを謙遜と云う。」

謙遜に至る道には、いろいろな道があるかもしれませんが、謙遜に至る道はやはり謙遜によって進んでいかなければなりません。そうでなければ、真の善と美を身につけることはできません。善と美に生きる世界には、譲ることのできないルールがあるのです。

〔聖書の個所〕

謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。
(エペソ4章2~3節

それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。
(コロサイ3章12節)

最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。
(第1ペテロ3章8節)

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