キリスト者も異教徒も

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〔私といっしょにひと時も目を覚ましていられないのか〕

2014年4月6日(日)

困窮の中にある人間は、神のもとに行き、
助けを求め、幸福とパンを乞い、
病と罪責からの救いを願い求める。
キリスト者も異教徒も、みなそうする。

人間は、困窮の中にある神のもとに行き、
貧しく、ののしられ、枕するところもパンもない神を見いだし、
罪と、弱さと、死に飲み込まれている神を見る。
キリスト者は、苦しむ神のもとに立つ。

神は、困窮の中にあるすべての人間のもとに行き、
神のパンをもって肉体と魂を飽かせ、
キリスト者と異教徒のために十字架の死に赴く。
神は、すべての人間を赦す。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、171頁f。

聖書の語る神さまによる救いは、困窮の中にある人間を救うために、
神ご自身が困窮の中に立たれたことでなされました。
困窮の中に立つ神さまだからこそまことの神のパンによって救うことができたのです。
それによって、まことの赦しを与えてくださったのです。
それはすべての人のためになされた神さまの救いです。

(祈り)
神さま、十字架の苦しみを教えてください。

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