〔神との平和〕
2014年3月3日(月)
患難を憎む者は、すなわち、自分の人生においてあきらめなければならないこと、困難な状況に陥ること、中傷されること、何ものかに捕えられることを憎む者は、たとえ十字架についてどのように立派なことを語ろうとも、イエスの十字架を憎む者であり、神との平和を得ていない者である。しかし、イエス・キリストの十字架を愛する者は、自分の人生に襲いかかるいかなる患難をも愛するようになるのである。そして、やがて、聖書と共に、「患難をも喜んでいる」と語ることができるようになるのである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、111頁ff。
イエスさまの十字架によって平和をいただいただけではなく、患難をも喜ぶ者にならせていただけると聖書は語ります。
苦しみをイエスさまの十字架を見上げながら耐え忍ぶだけではなく、その苦しみを喜び、愛する者にならせていただけるというのです。
それがイエスさまの十字架を愛する者である、と。
(祈り)
神さま、今私に襲いかかる苦しみを主の十字架を見上げて耐え忍ばせてください。またさらにはその苦しみを喜び愛する者とならせてください。そのようにイエスさまの十字架を喜び愛する者とされたことを明らかにしてください。
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