聖なる人はだれでも霊的な意味で完全です。しかし、私たちは地上において絶対的な意味で完全ではないのです。
ヨハネの手紙第1、2章12節
2013年11月30日(土)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
355頁
キリスト者は完全な者なのか、それとも完全な者ではないのか。
ウェズリーは霊的な意味では完全であるが絶対的な意味では完全ではない、と語っているようです。
霊的な意味とは何か。絶対的な意味とは何か。これがよくわかりません。
勝手な解釈を許していただくならば、霊的な意味とは神さまからいただいた立場のことであり、絶対的な意味とは本質的な状態を言っているのではないかと想像します。
車の運転でいうならば、国家公安委員会から免許証をいただいたので、公道で自動車を運転する「立場」をいただいているけれども、決して事故を起こすことがない「状態」にあるわけではない、という感じでしょうか。一方的な神さまの愛の中に神の子としていただきました。そういう立場をいただきました。しかしこの地上にあっては戦いがあり、無知、誤り、弱さ、試みにいつもさらされているということでしょう。
神の子としてただいた恵みに感謝しつつ、日々主の力と助けによって、主の喜ばれる道を選びつつ歩んでいきたいと思います。
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