火を通して洗練された金は純化され、不純物から分けられます。ですから試みを通された信仰も純化されていくのです。試みられるほど、それだけ純化されるのです。それは純化されるだけでなく、知恵と力と愛と神の忠実の多くの証拠によって強められ、確かなものになり、豊かに増えるのです。
ペトロの手紙、第1、1章7節
2013年11月12日(火)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
337頁
人生が幸せでないのは純化されていないからかもしれません。不純物がいっぱいあるので人生の祝福がないのかもしれません。
不純物とは一体何か。自己中心であり罪の性質ということでしょうか。神さま以外のものということでしょうか。
そういう不純物を人生の土台においているので人生が幸せでないのかもしれません。
そういう不純物を私たちの内から取り除くために、神さまは私たちに試練を送られます。
ですから試練を経験するごとに、人間中心から神さま中心に変えられ、結果、祝福された人生を見出すのです。
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