なぜ彼は祈り続けないのでしょうか。彼の情熱が薄れていたときに、それは痛みであり悲しみであったからです。
ローマの信徒への手紙12章11~12節
2013年9月24日(火)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
285頁
情熱が薄れると、祈りが痛みとなり悲しみとなる、といいます。
情熱。神さまへの情熱が薄れること。それが問題です。
人間の関係の中でもそうです。情熱はなかなか長続きしません。情熱と保ち続けるのにいろいろな工夫がなされます。それは大切なことです。ありがとうという言葉を持って感謝を表すこと、声をかけること、話に耳を傾けること、そうして交わりをすること、また誕生日をお祝いしたり、いろいろな記念日を大切にしたり。たまには旅行に行ったり、特別な食事をしたり。
神さまへの情熱を薄れさせないために、私たちは礼拝をささげ、具体的には日曜日に教会で礼拝をささげ、賛美を歌い、感謝をささげ、み言葉に耳を傾け、主の聖餐にあずかります。この主の日の礼拝を欠いていては情熱が薄れるのも当然です。また日ごとに聖書を開き、祈りをささげて神さまとの交わりを大切にします。このデボーションの時間なくして情熱を保つことは難しいでしょう。
日々、刻々主と共に歩むことを大切にしたいと思います。
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