投稿者: megumi_pastor

  • 2026年8月30日(日)

    • 聖書:ルカの福音書 20章 27~40節
    • 説教題:「男も女もない!」
    • 説教者:奥村拓也(オンライン)
    • 新聖歌:
      • 311「いかに恐るべき」
      • 232「弱き者よ われにすべて」
      • 464「汚れと争いは」
      • 468「やがて天にて」
    • 暗唱聖句: ルカの福音書20章38節
  • 2026年8月23日(日)

    • 聖書:マルコの福音書6章30~44節
    • 説教題:「キリストに満たされる」
    • 説教者:田中隆裕
    • 新聖歌:
      • 112「カルバリ山の十字架
      • 337「愛する主よ わが君よ」
      • 349「移りゆく時の間も」
      • 201「イエスはわがいのち」
    • 暗唱聖句:マルコの福音書6章34節
  • 2026年8月16日(日)

    • 聖書:出エジプト記24章1~11節
    • 説教題:「契約の血」
    • 説教者:河村三郎師(オンライン)
    • 新聖歌:
      • 10番「天地に勝る」
      • 114番「血潮したたる」
      • 115番「ああ主は誰がため」
      • 216番「ここに真の愛あり」
    • 暗唱聖句:マタイの福音書26章28節
  • 2026年8月9日(日)

    • 聖書:ルカの福音書 20章1~8節
    • 説教題:「本当の神の権威」
    • 説教者:奥村拓也師(オンライン)
    • 新聖歌:
      • 9番「力の主を」
      • 102番「主は命を」
      • 221番「ああ主の瞳」
      • 420番「キリストには代えられません」
    • 暗唱聖句:ルカの福音書20章4節
  • 2026年8月2日(日)

    • 聖書:ルカの福音書4章14〜22節
    • 説教題:「いつ実現しましたか?今日でしょう」
    • 説教者:川﨑慎太郎師
    • 新聖歌:
      • 38番「わが目を開きて」
      • 40番「ガリラヤの風かおる丘で」
      • 252番「安けさは川のごとく」
      • 330番「幸い薄く見ゆる日に」
    • 暗唱聖句:ルカの福音書4章21節
  • 主を喜ぶ(2026年7月19日の週報より)

    主を喜ぶ

    聖書箇所:詩篇23編

    1 主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。

    主はまことの羊飼い・牧者であり、私たちは牧場の羊です。よい牧者である主は私たち羊のためにいのちを献げてくださいました。その愛をもって私たちを導いてくださいます。いこいを与え、たましいを生き返らせ、義の道に導いてくださいます。

    4 たとえ死の陰の谷を歩むとしても、私はわざわいを恐れません。
    あなたがともにおられますから。
    あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

    主が羊飼いとなってくださった人生にも、死の陰の谷を歩む時がやってきます。しかし私たちはわざわいを恐れません。主が、そのような中にもともにいてくださいます。主がむちと杖を与えて守ってくださいます。

    5 私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え
    頭に香油を注いでくださいます。
    私の杯はあふれています。
    6 まことに私のいのちの日の限り
    いつくしみと恵みが私を追って来るでしょう。

    主の祝福は中途半端なものではありません。あふれるばかりに祝福を注いてくださいます。
    あふれるばかりのいつくしみと恵みが私を追いかけて来ます。

    主にお出会いするまでの人生はどちらかというと、いつくしみと恵み、を追いかける人生でした。愛を追い求め、幸福を捜し求める人生でした。しかし主とお出会いしてからは、そのいつくしみと恵みが、私を追いかけてくるのです。追い求める人生から、追いかけられる人生に変えられました。

     私はいつまでも主の家に住まいます。

  • 交わり(2026年7月12日の週報より)

    交わり

    ピリピ人への手紙1章27~30節

    29 あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。

    キリストのために受けた恵みとは、まず「キリストを信じること」であるとパウロは語りました。キリストを信じることによって恵みが与えられるのですが、そのキリストを信じることそのものも恵みである、と語られています。

    恵みとは私の功績とはかかわりなく一方的に与えられた、ということですから、この信仰は何があっても変化したりなくなったりすることがありません。安心して信仰に生きることができます。

    つづいてパウロは「キリストのために受けた恵みは」「キリストのために苦しむことでもある」と語りました。キリストを信じたことによって、人生に苦しみが起こるということは、罪の世にあっては分からないわけではありません。しかしパウロはそれが「恵みである」と語ります。

    キリストのために苦しむことが恵みであるとは、にわかには受け入れられないことです。しかし神さまは私の人生のおいてその苦しみが必要であるとお思いになられたのだと思います。そうであれば、さまざまな喜びの出来事と同じように、その苦しみは私の人生にとって、宝物、なのだと思います。

    もちろん苦しみを宝物と思うことは簡単なことではありません。しかし神さまが、恵みによって与えてくださったもの、ととらえなおすならば、そこに何らかの光が差し込むのではないでしょうか。