7月25日聖日礼拝

礼拝説教(32分30秒)

聖書 創世記15章7節〜21節
説教 「神の祝福の契約」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

ヘブル人への手紙13章15節

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。


今週の聖句

エレミヤ書31章33節

彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。─主の御告げ─わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。


今週の祈りのガイド

詩篇29篇1節〜11節

  1. 毎週詩篇を1篇ずつ味わっています。今日は詩篇29篇です。「力ある者の子らよ。主に帰せよ。栄光と力とを主に帰せよ。御名の栄光を、主に帰せよ。聖なる飾り物を着けて主にひれ伏せ。」(1~2節)「力ある者の子ら」とは誰を指しているのでしょうか。自分の力を誇り、高ぶり、神様の前にヘリ下っていない人を指しています。ここでは「主に帰せよ」が3回繰り返されて4回目に「主にひれ伏せ」とリズミカルにまとめています。高ぶらないで、自分の手柄にしないで、栄光と力をいつも主に帰していきましょう。

  2. 3~9節に「主の声」が7回も繰り返されています。これも高ぶった人間に対するメッセージです。大自然を創造し、支配しておられる神は、自然現象を通して高ぶらないように、人間の無力さを知って、主に従うように語られます。津波や洪水、雷鳴や火山の噴火、台風のもたらす暴風、これらは人間に無力さを教え、神の前にヘリ下ることを教えます。暴風で大森林が裸になっても、人類が神の前にへりくだるなら、すべての被造物は主に「栄光」と叫び賛美をささげます。

  3. 「主は、大洪水のときに御座に着かれた。まことに、主は、とこしえに王として御座に着いておられる。主は、ご自身の民に力をお与えになる。主は、平安をもって、ご自身の民を祝福される。」大洪水の後、ノアとその家族は祭壇を築き、礼拝をして再出発しました。モーセの時、紅海が分かれて民は乾いた海底を主の名を叫びながら渡って行き、渡河後、民は心から主を礼拝しました。大洪水のような厳しい水による神の裁き、審判の時もへりくだり、悔い改める民を祝福される主を信じて、私たちも裁きの時、主を呼び求め悔い改めて歩みましょう。

7月18日聖日礼拝

礼拝説教(32分30秒)

聖書 創世記15章1節〜6節
説教 「報いは非常に大きい」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

ヘブル人への手紙13章15節

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。


今週の聖句

ローマ人への手紙4章21節

神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。


今週の祈りのガイド

詩篇28篇1節〜9節

  1. 詩篇28篇は「主よ。私はあなたに呼ばわります。私の岩よ。どうか私に耳を閉じないでください。」と祈りで始まっています。1~5節には3つの手が出てきます。不法、悪しきことを行う者の手、この苦しみの中で、主に向けて必死で祈る祈りの手、彼ら悪しきものを打ち壊す主の大いなる御手です。祈りの中で、視点が悪しき者の手から、悪しきものを打ち壊される主の御手に引き上げらています。祈りの中で「主は、彼らを打ちこわし、建て直さない。」と勝利の確信に導いてくださいます。

  2. 詩篇には大きな流れとリズムがあります。6節「ほむべきかな。主。まことに主は私の願いの声を聞かれた。」流れが変化しています。祈りはたとえ状況が変わらなくても、私たちの心を変えてくださいます。願いを聞いてくださいます。同じ苦難の中にいても、主がそばにいてくださることを確信して、7節「主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう。」と喜びの信仰に引き上げられています。

  3. 祈りの中で神様を知ることができます。神様を知ることは存在を信じるだけでなく、神様のご性質、属性、愛や力、きよさや慈しみを知っていくことであります。詩篇に記者も7節で主は私の力、私の盾と告白しています。神様を知ることは私たちの心を変えて行きます。喜び、小躍りして、主への感謝が沸き上がってきます。

  4. 8節で「主は、彼らの力。主は、その油そそがれた者の、救いのとりで。」さらに祈りは私から彼らに、友に、御民に、兄弟姉妹に広がって行きます。主は私を守るだけでなく、御民を救い、彼らの羊飼いとなってくださいとの祈り、御民、同朋の祝福で締めくくられています。私たちも自分の必要の祈りからスタートして、友のため、兄弟のため、教会の祈りに発展していきましょう。

7月11日聖日礼拝

礼拝説教(24分43秒)

聖書 出エジプト記3章1節〜14節
説教 「燃え尽きない柴」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

ヘブル人への手紙13章15節

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。


今週の聖句

ローマ人への手紙10章11節

「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」


今週の祈りのガイド

詩篇27篇1節〜14節

  1. 詩篇27篇は「主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。」と信仰の確信を告白しています。具体的には悪を行う者、私の仇、私の敵が私に襲いかかったとき、彼らはつまずき、倒れ、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない、私は動じないと不動の信仰の告白をしています。主は私の光、救い、とりで、と主への信頼がこの告白につながっています。

  2. 4節で祈っています。「私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。」敵の前でも動揺しない信仰を持つためにダビデは祈っています。主の家に住むことを祈っています。放蕩息子のような神の家族、主の家から飛び出さないこと、父なる神様の御手の中に留まることを祈っています。父なる神様の愛、力、保護の中にいることを思いめぐらして力をいただいています。

  3. 8節では「主よ、あなたの御顔を私は慕い求めます。」と祈っています。主の家に住むことを許されています。安息日には兄弟姉妹そろって礼拝の恵みに与りますが、礼拝が終わると私たちは使命の場所に神から遣わされて行きます。そこは戦いの場所であり、問題の山積する場所であります。そこにおいても見捨てることのない神様、母親の愛にまさる愛で守ってくださる神様を慕い求めることが勧められています。

  4. 11節で「主よ。あなたの道を私に教えてください。」と祈っています。平らな小道に導いてくださいと祈っています。道は私たちが現実の生活の中で歩む道です。道を歩むように私たちは決断をして選択をして歩まなければなりません。行く道が分からず、見えず途方に暮れることもあります。主の喜ばれる御心の道をいつも選択して歩めるように。誘惑に負けて邪悪な道に迷いこまないように。瞬間瞬間正しい道を歩めるように。そのためにも焦らないで主を待ち望みましょう。「待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。」(14節)

7月4日聖日礼拝

礼拝説教(41分54秒)

聖書 創世記14章1節〜24節
説教 「ロトを助けるアブラハム」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

ヘブル人への手紙13章15節

ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。


今週の聖句

詩篇110篇4節

主は誓い、そしてみこころを変えない。あなたは、メルキゼデクの例にならい、とこしえに祭司である。


今週の祈りのガイド

詩篇26篇1節〜12節

  1. 「私を弁護してください。主よ。私が誠実に歩み、よろめくことなく、主に信頼したことを。」1節は、私を弁護してくださいと主に呼びかけで始まっています。誠実に歩んだこと、主に信頼していること、告白しています。2節では私を調べ、試み、精錬してくださいと祈っています。ダビデが誤解され、不当な中傷を受けている時の祈りと思われます。また行為として罪を犯すことや、失敗することもあります。うわべを見る人は非難しますが、信仰を持って主の前に誠実に悔い改めの道を歩んでいることを告白し歌っています。

  2. 2 ダビデが息子アブシャロムに反逆され王位を奪われ都落ちをした時、多くの人がダビデを見捨てて、アブシャロムに着きました。人生の孤独と悲哀の中でも、3節「あなたの恵みが私の目の前にあり、私はあなたの真理のうちを歩み続けました。」ダビデは主の恵みにより頼み、みことばの真理を信じ、より頼んで歩んでいます。多くの不信実な人々がうわさを信じ、間違った情報で非難していますが、主の祭壇の周りを歩き、身代わりのいけにえによる罪の赦しを覚え、感謝の声を響かせています。

  3. 9節「どうか私のたましいを罪人とともに、また、私のいのちを血を流す人々とともに、取り集めないでください。」多くの人々は間違った情報、うわさを信じて、ダビデを非難し攻撃しています。間違った情報の中で命を落とすことのないように、贖いだしてください、あわれんでくださいと祈っています。教会は罪赦された罪人の共同体、交わりの家です。主が罪人を受け入れ、赦し、愛してくださいました。この教会を愛しましょう。

  4. 12節「私の足は平らな所に立っています。私は、数々の集まりの中で、主をほめたたえましょう。」と祈りの格闘の中で足は平らな所に立ち、たましいの平安を得ています。贖いだされたことを信じ、主のあわれみ、赦し、無限の愛を疑わずに誠実に信じて受け入れ確信する時、躓かず、平らな道を歩むことができます。