2023年12月31日聖日礼拝

動画(25分41秒)

聖書 ピリピ人への手紙3章12節〜16節
説教 「後ろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

ルカの福音書2章11節

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。


今週の聖句

ピリピ人への手紙3章13節〜14節

兄弟たち。私は、自分がすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。


年末の黙想

マラキ4章1節 見よ、その日が来る。

3年間、150回の日曜日の礼拝の週報に詩篇を1篇から150篇にわたって黙想してきました。黙想シリーズの最終を12月にはアドベントの黙想、アドベントの終わった大晦日の礼拝の週報に、旧約聖書最後のマラキ書の4章1節「見よ、その日が来る。」に注目します。このみことばを中心にマラキ書を黙想していきたいと思います。その日の到来の前に主は「預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。」(5~6節)主イエス様の到来の道備えをする人物はバプテスマのヨハネです。ここで語られている預言者エリヤはバプテスマのヨハネであります。マラキはBC400年頃に活躍した預言者です。マラキは救い主イエス様の到来と、その道備えをするバプテスマのヨハネの到来を400年も前に預言しています。マラキの後は預言者は立てられず暗黒、沈黙の400年が続きます。この400年は信仰の停滞の時代です。400年の沈黙の時代も主は御計画を進めておられました。その日の到来の備えをするため、主は天使ガブリエルを祭司ザカリヤのところに送り、妻エリサベツは身ごもってメシヤの道備えをする人物を産む、と語られました。長く沈滞した時代に生きていたザカリヤは神様のことばが信じられませんでした。しかしザカリヤの不信仰にもかかわらず、神様はヨハネを、そして救い主イエス様をこの世に送って下さいました。


年末のこの日、主が備えられる「その日」を心に留めたいと思います。長い沈滞の時代があってもそれは民の信仰の沈滞で、主御自身の沈滞ではありません。私たち個々人に神様は時を備えて、御計画を持っておられます。その御計画が実現する「その日」を期待して待ち望む信仰に生きて行きたいと思います。ユダヤの指導者はこの長い沈滞の時に、信仰が怠惰になって行きました。1章では主への献げものがおざなりになっている事を警告しています。変化のない時であっても、礼拝をささげる、奉仕、賜物、献金などがマンネリ、形式的、義務的にならずに、信仰を持ってこころから献げて行きたいと願います。「神に仕えることは無駄だ」と言う不信仰なつぶやきが聞こえて来ても、主を恐れて歩むものを主は宝としてくださることを覚えて、新しい年も主と共に歩みましょう。

2023年12月24日クリスマス礼拝

動画(25分19秒)

聖書 ヨハネの福音書1章1節〜14節
説教 「闇に輝く光」
説教者 高橋博師


今月の聖句

ルカの福音書2章11節

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。


今週の聖句

ヨハネの福音書1章14節

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

2023年12月17日聖日礼拝

動画(43分54秒)

聖書 ルカの福音書1章26節〜38節
説教 「神にとって不可能な事は何もありません」
説教者 高橋博師


今月の聖句

ルカの福音書2章11節

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。


今週の聖句

ルカの福音書1章38節

ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。


クリスマスの黙想 3 ザカリヤの不信仰

ルカの福音書1章18節〜20節

祭司職であるザカリヤが誠心誠意を込めて神殿で香を焚くと言う聖なる儀式の真っ最中に天使が現れて「恐れることはありません、ザカリヤ。あなたの願いが聞き入れられたのです。あなたの妻エリサベツは、あなたに男の子を産みます。その名をヨハネとつけなさい。」と語られました。この御使いの告知に「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年をとっています。」と不信仰な返答をしています。ザカリヤは形式的には「神の前に正しい人で、主のすべての命令と掟を落度なく行っていた」祭司でありました。突然の天使の語りかけに「主よ、感謝します。」と返答が出来ませんでした。


マリヤも同じように突然の天使の告知を受けました。マリヤはひどく戸惑っていましたが、何の挨拶かと考え込み、処女懐胎の告知を受けても、「どうしてそのようなことが起こるのでしょう。」と疑問のことばを述べてもザカリヤの様な、否定のことば、どんな印がありますか、と証拠を求める応答をしていません。


ザカリヤが戸惑って否定的になったのは高齢の妻エリサベツの懐妊だけでなく、生まれる「その子は主の御前に大いなる者となる」事や「イスラエルの子らの多くを、彼らの神である主に立ち返らせます。彼はエリヤの霊と力で、主に先立って歩みます。父たちの心を子どもたちに向けさせ、不従順な者たちを義人の思いに立ち返らせて、主のために、整えられた民を用意します。」と言う神の大いなる働きを期待する信仰が失せていたことも考えられます。


長年のローマ帝国の圧政、バビロン捕囚から解放されても、細々と礼拝を守る希望と信仰の失せた長い時代の中で、ザカリヤだけでなく民全体が失意の中で暮らしていました。ザカリヤにはエリヤの様な力と勇気、希望のある人物が自分の妻から生まれるとはとても信じられなくて、不信仰な応答により、ヨハネの出産の時まで、口がきけなくなりました。


大能の神、全能の神、歴史の支配者なる神は、御計画を進めておられる。神様の働かれる時に、主よ、しもべはここにおりますという応答の出来る者にさせていただきたい。高齢になっていても、高齢に象徴される弱さや無力な者であっても主は用いてくださることを信じて行きたいと思います。ゼカリヤは口がきけなくなりました。口がきけないと言うことで、主は働いておられる、語っておられる事を雄弁に語っています。主は弱さ、不信仰、失敗も用いて下さいます。