9月5日聖日礼拝

動画(54分42秒)、聖餐式の後説教(11分38秒〜)

聖書 創世記19章15節〜29節
説教 「主のあわれみ」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

ペテロの手紙第一2章2節

生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。


今週の聖句

ルカの福音書17章32節〜33節

ロトの妻を思い出しなさい。自分のいのちを救おうと努める者はそれを失い、それを失う者はいのちを保ちます。


今週の詩篇の黙想

詩篇35篇1節〜28節

  1. 詩篇35篇は1節「【主】よ。私と争う者と争い、私と戦う者と戦ってください。」という言葉で始まっています。ダビデは戦いのさなかにいます。自分で復讐したり怒り憎しみから報復しないで、主に委ねる、主が正しい裁きをしてくださるように委ねる祈りの詩篇です。3種類の戦いをダビデは戦っています。2節「盾と大盾とを手に取って、私を助けに、立ち上がってください。」ダビデはペリシテから、サウル王から、軍事的、暴力的攻撃を受けていました。その時の祈りは「彼らを風の前のもみがらのようにし、【主】の使いに押しのけさせてください。」という徹底的に主に委ねて自らは復讐しないことでした。

  2. 第二の戦いは狡猾な策略です。7節「まことに、彼らはゆえもなく、私にひそかに網を張り、ゆえもなく、私のたましいを陥れようと、穴を掘りました。」何かをしようとすると協力ではなく邪魔や妨害に遭います。ダビデが一生懸命国を治めている時も、息子アブシャロムはダビデの統治政治の非難をして国を分裂させようとしていました。この中でも自分で復讐しないで主に委ねる祈りをしています。ブーメランのように自分で掘ったわなに落ちるようにと祈っています。

  3. 第三の戦いは恩をあだで返された時の心の戦い、たましいの戦いです。13節「しかし、私は、彼らの病のとき、私の着物は荒布だった。私は断食してたましいを悩ませ、私の祈りは私の胸を行き来していた。私の友、私の兄弟にするように、私は歩き回り、母の喪に服するように、私はうなだれて泣き悲しんだ。」これだけの愛のわざをしたにもかかわらず15節「だが、彼らは私がつまずくと喜び、相つどい、私の知らない攻撃者どもが、共に私を目ざして集まり、休みなく私を中傷した。」こんな時も自分で復讐しないで24節「あなたの義にしたがって、私を弁護してください。わが神、【主】よ。彼らを私のことで喜ばせないでください。」と自分で復讐しない信仰の戦いをしておられます。

  4. 27節「ご自分のしもべの繁栄を喜ばれる【主】は、大いなるかなと。」主は信仰に生きる主のしもべを繁栄させ、喜んでくださる方であると勝利の信仰の告白をしています。繁栄を与えてくださる主を信じ、委ねて行きましょう。

8月29日聖日礼拝

動画(22分02秒)

聖書 ローマ人への手紙8章26節〜30節
説教 「とりなしの祈り」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

歴代誌第二16章9節

主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。


今週の聖句

出エジプト記14章14節

あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょ主があなた方のために戦われる。あなた方は黙っていなければならない。


今週の詩篇の黙想

詩篇34篇1節〜22節

  1. 1 詩篇34篇「私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。」ダビデは気まぐれや気分の良い時だけの賛美でなく「あらゆる時」「いつも」と最悪の時でも賛美ささげています。34篇の表題は「ダビデによる。彼がアビメレクの前で気が違ったかのようにふるまい、彼に追われて去ったとき」と書いてあります。主人サウル王から妬まれて追われ殺されそうになり、イスラエルに居場所がなくなり、変装して敵地ペリシテに逃れ、敵将アビメレクの前でダビデであることがばれそうになった時、狂人の振る舞いをして難を逃れた時、最悪の時に歌った歌です。いつも、あらゆる時、主をほめましょう。

  2. 4節「私が【主】を求めると、主は答えてくださった。」苦難の時、ダビデは何をしたでしょうか。主を求め、主を仰ぎ見、主を呼び求めています。すると、主は答え、救い出し、輝かせ、苦難から救ってくださいます。賛美の中、祈りの中で霊の目が開かれて「【主】の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。」と主の守りを確信して、賛美しています。

  3. 8~10節は前半部分の結論のようです。8節は「【主】のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。」と主のすばらしさを味わうこと、恵みをかみしめることが勧められています。主のなしてくださった御業を味わうもの、かみしめましょう。主を恐れるものには乏しいことがありませんと約束されています。「しかし、【主】を尋ね求める者は、良いものに何一つ欠けることはない。」周りに溢れている主の恵み、みわざを味わい、満たしてくださる主を喜びましょう。

  4. 11節から「来なさい。子たちよ。私に聞きなさい。【主】を恐れることを教えよう。」と主を恐れる賛美の第二弾が始まっています。具体的、実践的になっています。13節「あなたの舌に悪口を言わせず、くちびるに欺きを語らせるな。悪を離れ、善を行え。平和を求め、それを追い求めよ。」19節では「正しい者の悩みは多い。しかし、【主】はそのすべてから彼を救い出される。」と書かれています。地上の教会生活は戦いの連続です。天国は勝利の教会です。しかし地上にいながら天国の味、神様の力、救いの恵みを体験する事が出来、味わうことができます。主に励まされて御国目指して歩みましょう。

8月22日聖日礼拝

動画(35分26秒)

聖書 創世記18章16節〜33節
説教 「とりなしの祈り」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

歴代誌第二16章9節

主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。


今週の聖句

マタイの福音書5章13節

あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。


今週の詩篇の黙想

詩篇33篇1節〜22節

  1. 詩篇33篇には表題がありません。1節の歌い始め「正しい者たち。【主】にあって、喜び歌え。」は前の32篇の最後の節を反復しています。ここから詩篇33篇は32篇の継続、発展の詩篇、罪赦された者の幸せな生活の喜びの賛美です。1~8節は詩篇33篇の起承転結の起にあたります。正しい者たちへの呼びかけで始まり、8節「全地よ」と全世界への呼びかけに発展しています。1~8節で命令形も沢山あります。喜び歌え、主に感謝せよ、ほめ歌を歌え、最後は、主を恐れよ、主の前におののけ、で起の部分は終わっています。

  2. 9~12節が起承転結の承にあたります。4節、6節の「主のことば」を受けて発展、展開しています。主のことば、主のおおせ、主のはかりごとが確かなもので、人間や国々のはかりごとはむなしくあてにならないものであります。承のまとめとして12節「幸いなことよ。【主】をおのれの神とする、その国は。神が、ご自身のものとしてお選びになった、その民は。」と主に信頼することの幸いを歌っています。

  3. 13~17節は起承転結の転にあたります。承でみことばの確かさを告白しました。転にあたるここではあてにならないものを告白しています。16~17節「王は軍勢の多いことによっては救われない。勇者は力の強いことによっては救い出されない。軍馬も勝利の頼みにはならない。その大きな力も救いにならない。」と軍事力のあてにならないことを宣言しています。軍事力や自分の力、能力に頼らないで、徹底的に主により頼む者を求めておられます。主は私たちの心の奥底まで読み取られるお方であります。徹底的に主により頼んでいるかを見通しておられます。

  4. 18~22節は結にあたります。20~21節「私たちのたましいは【主】を待ち望む。主は、われらの助け、われらの盾。まことに私たちの心は主を喜ぶ。私たちは、聖なる御名に信頼している。」主を喜び、聖なる御名に信頼している信仰の告白をしています。この週も主に信頼して歩みましょう。

8月15日聖日礼拝

動画(39分23秒)

聖書 創世記18章1節〜15節
説教 「主のみ使いの訪れ」
説教者 高橋 博牧師


今月の聖句

歴代誌第二16章9節

主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。


今週の聖句

ヘブル人への手紙13章1節〜2節

兄弟愛をいつも持っていなさい。旅人をもてなすことを忘れてはいけません。こうして、ある人々は御使いたちを、それとは知らずにもてなしました。


今週の詩篇の黙想

詩篇32篇1節〜11節

  1. 1節、2節で「幸いなことよ」が繰り返されています。ダビデは主の前での幸いを喜んで賛美しています。ダビデは人前で恥をかいても、王としてのプライドを捨ててでも、主に罪を赦されたことを喜んでいます。人の前で取り繕って評判よく生きるのではなく、神様の前に真実に生きる道を選び取り、神様の前の幸いな人生を送りましょう。

  2. 3~4節を読みましょう。「私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々は疲れ果てました。それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです。」これはダビデが罪を犯した時の苦しみの告白です。兵士たちがアモンとの戦いに出ました。通常ならダビデは先頭で戦う人でしたが、この時は王宮にとどまり、祈りの戦いにも加わらないで、部下ウリヤの妻に対し姦淫の罪を犯し、事件隠ぺいのためにウリヤを謀殺しています。密室での罪でしたが、神様からのさばき、怒りがダビデに下っています。家に留まる時にも、いつも救いの兜をかぶって信仰の大楯を手にしていましょう。

  3. 5節を読みましょう。「私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。私のそむきの罪を主に告白しよう。すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。」罪を犯したダビデの魂は神様から重圧のように攻められています。さらにダビデに対し預言者ナタンが「あなたがその男です」と攻めた時、ダビデは悶々として砕かれ、罪を悔い改めました。私たちは罪人です。クリスチャンが罪を犯すと、神様との間に隔たりが出来てしまいます。罪が示されたらすぐに素直に主に告白し、主との交わりに留まりましょう。

  4. 9節を読みましょう。「あなたがたは、悟りのない馬や騾馬のようであってはならない。それらは、くつわや手綱の馬具で押さえなければ、あなたに近づかない。」みことばを通して、主の示し、導き、罪の告白、悔い改めを示されたなら、すぐに告白し、悔い改め、時間を無駄にしないで主に仕える者の道を歩みましょう。