2023年10月22日聖日礼拝


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

ヨハネの福音書6章35節

わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。


今週の詩篇の黙想

詩篇145篇

  1. 詩篇145篇からの黙想です。「私の神、王よ。私はあなたをあがめます。あなたの御名を世々限りなく、ほめたたえます。日ごとにあなたをほめたたえ、あなたの御名を世々限りなく賛美します。」(1~2節)ダビデの賛歌と表題にあるように主への賛美で始まっています。賛美は主御自身を知ること、主の偉大さ、いつくしみ深さ、愛と義の素晴らしさを知ることで賛美は高まり深まります。ダビデは主御自身をほめたたえて賛美を始めています。

  2. 「代は代へと、あなたのみわざをほめ歌い、あなたの大能のわざを告げ知らせるでしょう。私は栄光輝くあなたの主権と、あなたの奇しいわざに思いを潜めます。」(4~5節)賛美は主御自身をほめたたえることから始まり、次いで主の大能のみわざ、奇しいみわざに思いを向ける賛美に発展します。「主は情け深くあわれみ深く怒るのに遅く恵みに富んでおられます。主はすべてのものにいつくしみ深くそのあわれみは造られたすべてのものの上にあります。」と主の人格の素晴らしさに思いを寄せ、存在を喜ぶ賛美に発展しています。

  3. 今日は野外礼拝です。天候のため、参加者の無事のために祈りました。伝道集会、キャンプ、コンサートなど、何かをする時、一生懸命に具体的に祈ります。何も行事の無い時、祈りは異なります。DOING行動における祈りは具体性があって熱心に祈りやすいテーマです。でもいつも何かをしているわけではありません、何もしていない時、いつか何も出来なくなった時が来ます。その時どんな祈りが出てくるでしょうか。BEING、存在を喜ぶ祈りです。この詩篇の基調は主の与えて下さった静かで恵まれて豊かな存在を喜ぶ祈りであります。「主よ。あなたの造られたすべてのものは、あなたに感謝し、あなたの聖徒はあなたをほめたたえます。」(10節)典型的なBEING存在を喜ぶ祈りです。雨が降って何もできない時にも、病に臥せる、高齢になる、そんなときにも神様の存在を喜び、神様の豊かな御人格を喜び、周りの祝福のため、絶えず祈りをささげ続けることが出来ます。

2023年10月15日聖日礼拝


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

詩篇107篇1節〜3節

主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。主に贖われた者はそう言え。主は彼らを敵の手から贖い国々から彼らを集められた。東からも西からも北からも南からも。


今週の詩篇の黙想

詩篇144篇

  1. 詩篇144篇の黙想。「ほむべきかな。わが岩である主。主は、戦いのために私の手を、いくさのために私の指を、鍛えられる。」(1節)主はこの信仰の戦のために指を鍛えてくださいます。指を鍛えるとは何を指しているのでしょう。詩篇18編34節では「戦のために私の手を鍛え、わたしの腕を青銅の弓をも弾けるようにされる。」と書かれています。青銅の弓とはダビデ時代の最新鋭の兵器でした。戦いのため指を鍛え、手を鍛え、青銅の弓を弾けるようにしてくださいと祈っています。今日伝道のために、パソコン・スマホを指で操作して証しを友人に送ることが出来ます。ペンは剣よりも強いとかつて言われます。指で伝道、証しが出来るように指を鍛えてくださる主に感謝しましょう。

  2. 第二段落の5~6節では「主よ。あなたの天を押し曲げて降りて来てください。山々に触れて、煙を出させてください。いなずまを放って、彼らを散らし、あなたの矢を放って、彼らをかき乱してください。」戦いの援軍を天に向かって要請しています。力を与えてくださる主に目を向けています。敵や自分を見るだけでなく、神様に目を向けて祈っています。指を鍛えてくださる主は、指を組んで祈りの訓練、手をつき指をついて他者を尊敬し、時には手をついて謝る訓練も貴いものです。主に手を上げて賛美の訓練、主に降伏してより頼む訓練も大切です。

  3. しかし第三段落は様子が変わっています。12節「私たちの息子らが、若いときに、よく育った若木のようになりますように。私たちの娘らが、宮殿の建物にふさわしく刻まれた隅の柱のようになりますように。」平和と繁栄を祈る詩篇に進んでいます。主を自らの神とする民への幸いの約束です。この幸いに今日も満たされて主と共に歩みましょう。シャローム。

2023年10月8日聖日礼拝

動画(44分37秒)

聖書 使徒の働き8章4節〜25節
説教 「行いによって信仰は完成された」
説教者 タン・ショーン師


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

ヤコブの手紙2章21節〜22節

私たちの父アブラハムは、その子イサクを祭壇に献げたとき、行いによって義と認められたではありませんか。あなたが見ているとおり、信仰がその行いとともに働き、信仰は行いによって完成されました。


今週の詩篇の黙想

詩篇143篇

  1. 詩篇143篇はダビデの悔い改めの詩篇です。「主よ、私の祈りを聞き私の願いに耳を傾けてください。あなたの真実と義によって私に答えてください。」(1節)切実な祈りで始まっています。「生ける者はだれひとり、あなたの前に義と認められないからです」(2節)罪の赦し、魂の平安を求めています。「主よ。私を敵から救い出してください。」(9節)「あなたの恵みによって、私の敵を滅ぼし、私のたましいに敵対するすべての者を消し去ってください」(12節)と祈っています。政治的、軍事的な敵、生活、経済、肉体を苦しめる敵だけでなく、その背後にある霊的な敵、魂の自由を奪う霊的な敵からの救い、解放を祈っています。

  2. ダビデは王となり国が安定して油断しました。ウリヤの妻、バテシェバと姦淫の罪を犯しました。罪を隠蔽しようとバテシェバの夫、ウリヤを激戦の地に送って殺害しています。預言者ナタンがダビデの罪を糾弾し、ダビデは苦しみの中で告白し、悔い改めました。神様の前にすべての罪は赦されました。ダビデは生涯犯した罪の刈取りをして行かなければなりません。ダビデの子、アムノンが腹違いの妹タマルを仮病を使ってレイプしました。タマルの実の兄アブシャロムは祝宴を催してアムノンを招き殺害しました。殺人の実行者アブシャロムは母の故郷へ逃げて行きました。部下ヨアブの説得でダビデはアブシャロムをエルサレムに返して表面的な和解をしました。やがてアブシャロムはクーデターを起こし、ダビデは命からがら、わずかな部下とともに逃避行となりました。

  3. この逃亡中に祈った祈りがこの詩篇143篇です。この地上に在って罪を犯さないで過ごせる者はいません。ダビデの魂は自責の念、他者の目を気にする思いでなえてしまいます。「朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼しています。私に行くべき道を知らせてください」(8節)「あなたのみこころを行うことを教えてください。あなたこそ私の神であられますから。あなたのいつくしみ深い霊が、平らな地に私を導いてくださるように」(10節)罪を犯さない人は一人もいません。主に告白して赦されない罪はありません。過去の罪が赦され癒され、罪は海の深みにまで沈められて(ミカ7章19節)私たちは新しくされていることを感謝しましょう。シャローム。

2023年10月1日聖日礼拝

動画(44分37秒)

聖書 創世記45章1節〜15節
説教 「神が私を遣わされた」
説教者 高橋博師


今月の聖句

ヨハネの福音書6章27節

なくなってしまう食べ物のためではなく、いつまでもなくならない、永遠のいのちに至る食べ物のために働きなさい。それは、人の子が与える食べ物です。この人の子に、神である父が証印を押されたのです。


今週の聖句

エレミヤ書29章11節

わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。


今週の詩篇の黙想

詩篇142篇

  1. 今日は詩篇142篇からの黙想です。表題には「ダビデのマスキール。ダビデが洞窟にいた時に。祈り。」と書かれています。この洞窟はアドラムの洞窟です。ダビデはサウルから追われていました。ダビデにはイスラエルには安全な居場所がなくなり、敵地ペリシテのガテのアキシュ王のもとに身分を隠してのがれました。そこにおらなくなると荒野のアドラムの洞窟に、さらに死海のそばのエンゲディの洞窟に身をひそめました。

  2. 詩篇142篇はこのような洞窟に身をひそめ孤独な中で歌ったダビデの祈りの詩篇です。「私は主に向かい、声をあげて叫びます。声をあげ、主にあわれみを請います。私は御前に自分の嘆きを注ぎ出し、私の苦しみを御前に言い表します。」(1~2節)声をあげる表現が二度繰り返されています。友や仲間のいない荒地で、聞いてくださる主に向かって声をあげて叫んでいます。この叫びは5節で主は我が避所と発展します。「主よ。私はあなたに叫んで、言いました。あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。」叫びが信仰の告白になって行きます。あなたこそ私の避けどころ。

  3. 孤独な中で3節では霊が衰えていきます。霊の衰えの中でも「私の叫びに耳を留めてください。私はひどく、おとしめられていますから。どうか、私を迫害する者から救い出してください。彼らは私よりも強いのです。」と6節で祈り、「私のたましいを、牢獄から連れ出し、私があなたの御名に感謝するようにしてください。」と7節で魂が牢獄から連れ出され、御名に感謝するようにと祈っています。この祈りの後、ダビデはエンゲディに逃れてそこでも洞窟の中に避難しています。その時サウル王が用をたしにダビデのいることを知らずに入って来た時、主に油注がれた者に手を出すことが出来ない。神様が取り除いてくださるとの信仰から、サウルの衣の裾だけを切って、その旨をサウルに告げています。孤立無援の中で、神様御自身に信頼する信仰が養われて行きます。私たちも孤独に陥る時、洞窟のように魂が閉じ込められる時、たましいの弱る時、主に声をあげて泣き、叫び、祈りましょう。「あなたは私の避け所、生ける者の地で、私の分の土地です。」(5節)