「気は盛ならんと欲するも、偏に熱すれば狂となる。衰ふれば則ち癡。其宜しきを得んと欲せば勤労するに如くはなし。勤労すれば火来る。忍耐以て其暴発を禦ぐべし。熱するは今日に於て大に望ましきも、然れども信誠の体を具へざれば危し。熱望して能く十字架を不断に負う時は則安し。」
新井奥邃、『聖言』、138
「気持ちは盛んになろうと願うが、偏った情熱を傾けるならば狂ってしまう。逆に衰えてしまうならば愚かである。そのちょうどよい具合を得ようと願うならば、勤労することに匹敵するものはない。勤労すれば火はやってくる。忍耐をしてその突発的な衝動を防ぐこと。情熱を持つことは今日においてたいそう望ましいことであるが、しかし誠実に信仰の身体をそなえないならば危険なことである。熱望しつつ能く十字架を絶えず負う時、そこに平安がある。」
感情は大切なものですが、ときにコントロールが難しいものでもあります。情熱をもって生きることは大切ですが、偏った情熱は、自分も周りも滅ぼしてしまう場合があります。
どうすればコントロールできるのでしょうか。それは「勤労すること」であるといいます。日々十字架を負うこと、すなわちそれぞれに与えられている責任をしっかりと担って生きることを見失わないならば、情熱を持ちつつも感情に流されてしまうことから守られるでしょう。
私に与えられている十字架、すなわち日々の職務はどのようなものでしょうか。誠実に、自分の身丈にあったことに、心を注いで歩みましょう。
〔聖書の個所〕
私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。
(ローマ10章2~3節)
自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。
(ヤコブ1章26節)
蟻は力のない種族だが、夏のうちに食糧を確保する。
(箴言30章25節)