カテゴリー: 新井奥邃

  • 「天下の善男善女は餓に泣く。一粒以て之を救ふべし。善男善女は渇に迫る。一滴以て之を蘇すべし。」

    「天下の善男善女は餓に泣く。一粒以て之を救ふべし。善男善女は渇に迫る。一滴以て之を蘇すべし。」

    新井奥邃、『聖言』、37

    「信仰深い人々は、この世の飢餓を見て涙する。そうして一粒をもってこの飢餓を救おうとするにちがいない。信仰深い人々は、渇きを見てそれに近づこうとする。そうして一滴をもってこの渇きをいやそうとするにちがいない。」

     神さまを信じるといいつつ、この世界の悲惨に目をつぶり知らんぷりしているということは、ありえません。もしそうであるとすれば、それは真実に神さまを信じようとしているのではありません。
     真の信仰者は、悲惨に涙し、自分の痛みのように受け止め、何らかの活動へをかかわっていきます。自己中心の罪から解放されるために、神さまに心を向けるのですが、それは他者の悲惨に心を向けることにつながっています。
     「一粒」「一滴」とは、相手の必要に応じての援助ということではなく、自分の身丈にあった援助ということではないかと推測します。できないことまでをしようとせず、できることの一つをなしていくことが大切ではないかと思います。

    〔聖書の個所〕

    喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。
    (ローマ12章15節)

    なすべき正しいことを知っていながら行なわないなら、それはその人の罪です。
    (ヤコブ4章17節)