カテゴリー: 新井奥邃

  • 「夫れ万国の生民は一族なり。邦と邦とは皆姉妹たり。国際の道は社交と共に神聖ならざるべからず。凡そ兄弟姉妹は相愛せざるべからざるなり。我儕生民本元皆惟一天父より出でて、同一太陽の下に各々其の邦土に於て慈仁愛養せらるる者なり。」

    「夫れ万国の生民は一族なり。邦と邦とは皆姉妹たり。国際の道は社交と共に神聖ならざるべからず。凡そ兄弟姉妹は相愛せざるべからざるなり。我儕生民本元皆惟一天父より出でて、同一太陽の下に各々其の邦土に於て慈仁愛養せらるる者なり。」

    新井奥邃、『聖言』、95

    「世界のすべての国に生きる人びとはみな身内であり一つの家族である。国と国とはみな姉妹なのだ。国の関係の道は、人と人との付き合いであるとともに、神さまとの関係においてとらえなければならない。おおよそ兄弟姉妹はお互いに愛し合わなければならないのだ。自分と仲間、生きている人びとのみなもとは皆唯一の天の父より出でた者であって、同じ一つの太陽の下において、それぞれはその国土において、慈しみ思いやり愛によって養われている者である。」

     互いの違いを乗り越えて、平和な国際社会を築くためには、まずそれぞれが同じ一つの神さまの前にあることを、確かにしなければなりません。同じ神さまによって愛され、養われていることを確かにしなければなりません。
     どんなに考え方の違いがあったとしても、同じ神さまに愛されているのですから、乗り越えられない違いはありません。あるいは乗り越えなくとも、違いを違いのままで受け入れることができるでしょう。

    〔聖書の個所〕

    しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。また、自分の兄弟にだけあいさつしたからといって、どれだけまさったことをしたのでしょう。異邦人でも同じことをするではありませんか。だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。
    (マタイ5章44~48節)