神学者カール・バルトが、このパウロの言葉を、こう言い換えたことがある。私は、福音が勝利するために、思い煩わない。・・・福音は、自分のために一所懸命主張したり、自分を担ってくれる人間を必要としない。・・・委ねられた福音のために思い煩わなくなること、その一点にあるのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、325頁
2020年11月2日(月)
福音を恥としない。福音を恥ずかしがらない。福音に生きようとすると、この世から奇異な目で見られることがある。その時に福音に生きることが恥ずかしくなる。何とか弁護しようとしたり、この世が受け入れやすいように説明したり、する。しかしそういう必要のないものが、福音である、といいます。もう福音のために思い煩う必要がないのです。福音そのものが勝利することに委ねていればいいのです。
「わたしは福音を恥としない。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力だからです。」(ローマ1・16)