聖書の言葉が、親しい者でも共に担ってあげることができない孤独な魂の戦いのなかで、どんなに慰めの響きを立てることかと驚きを覚える。はばかることなく、大胆に、自由に、死の力に対してさえ言う。主はわたしの助け主、お前は私に何をなし得よう!
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、305頁
2020年10月14日(水)
「親しい者でも共に担ってあげることができない孤独な魂の戦い」。人生を生きるということは、このような魂の戦いを経験することでしょう。しかしそのような状況の中にも聖書の言葉は、力となる、慰めとなるのです。死に対してさえ、聖書の言葉は力を持っています。
「金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。神御自身、『わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない』と言われました。だから、わたしたちは、はばからずに次のように言うことができます。『主はわたしの助け手。わたしは恐れない。人はわたしに何ができるだろう。』」(ヘブライ13・5,6)