み言葉とはっきり向かい合い、聴き取る

預言者イザヤが昼も夜も押し寄せる洪水のような神の審きを語っているが、この洪水に似た神の攻撃に身をさらすところでこそ、み言葉とはっきり向かい合い、聴き取ることができる。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、303頁

2020年10月12日(月)

み言葉とはっきりと向かい合うこと、聴き取ることができるのは、試練の中にあってはじめてできるといいます。

「洪水は溢れる度にお前たちを捕らえる。それは朝ごとに溢れ、昼も夜も溢れる。この御告げを説き明かせば ただ恐怖でしかない。」(イザヤ28・19)