あなたがたには何も欠けることがない

礼拝にはまことにさまざまな人びとが集まる。悲しみも喜びも苦しみも祝福も持ち運ばれる。そのこころのうちにあるものを語り出したら、どういうことになるであろう。そう思いながら、こころを熱くして語りかける。主の使いがあなたの周りに陣を敷いている。・・・今その恵み深さを味わってほしい、主の食卓で! 今気づいてほしい、主のみ守りを! あなたがたには何も欠けることがない! 何という恵み!

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、266頁

2020年9月7日(月)

主の守りは、抽象的で精神論的なものではありません。信仰的なものです。神さまがともにいて守ってくださる、何も欠けることがないのです。今日もそのみ言葉に支えていただいて出発をします。

「主を仰ぎ見る人は光と輝き

 辱めに顔を伏せることはない。

 この貧しい人が呼び求める声を主は聞き

 苦難から常に救ってくださった。

 主の使いはその周りに陣を敷き

 主を畏れる人を守り助けてくださった。

 味わい、見よ、主の恵み深さを。いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。

 主の聖なる人々よ、主を畏れ敬え。主を畏れる人には何も欠けることがない。」(詩編34・6~10)