私たちの肉体もまた神が宿る神殿である

私たちの肉体を自分の欲望に従い思いのままに生きることがなぜ許されないのか。私たちの肉体もまた神が宿る神殿であると言い切る。今、私たちは、そのことを知っているであろうか。このような信仰は古くさいものなのであろうか。・・・肉体を軽んじてはいない。それどころか、これを聖なる神殿と呼ぶ。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、219頁

2020年7月24日(金)

肉体を軽んじない、だからこそ、肉体に振り回されない、それが聖書の語る信仰です。

「みだらな行いを避けなさい。人が犯す罪はすべて体の外にあります。しかし、みだらな行いをする者は、自分の体に対して罪を犯しているのです。知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。」(1コリント6・18-20)