長い病に悩んだ女が主イエスの衣に触れて癒されたように、愛の病の癒しが起こったのです。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、214頁
2020年7月19日(日)
「この方の服にでも触れればいやしていただける」。触れる、ということが、自らに癒しをもたらすであろう、との信仰。宗教施設に、ときおり「像」が置かれていて、額や目、などが擦り切れるように塗料が剥がれているものがあります。自らの痛みを持っているところをこすり、そのこすった手を、こんどはその像にこすりつける。そうすることによって、自らに癒しがもたらされるという素朴な信仰でしょう。「傷ついた癒し人」という言葉があります。塗料が剥がれてみすぼらしくなった姿を見ると、そこに人びとの悲しみや痛みを想像します。
今日の個所は、アガサクリスティーの「水上バス」(『ベツレヘムの星』、早川書房)からの文章でした。この本はアガサ・クリスティーの信仰が想像できるとても心温まる本で、前任の教会では週報に掲載して一緒に学んだことがありました。
「イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。『この方の服にでも触れればいやしていただける』と思ったからである。」(マルコ5・27,28)