私たちは聖書に守られている

落ちると訳されている言葉は、本来、前進、進歩を意味する言葉である。ここでは前に進むのはよいば、進めば進むほど悪に落ちる姿が描かれている。・・・だが私たちは聖書に守られている。聖書には知恵が満ちている。救いに向かって前進する知恵に満ちている。聖書と共に歩むとき、必ず前進がある。信じて生きる者は悪への誘惑に負けて悪に進む危険にさらされていないときはないのである。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、200頁

2020年7月5日(日)

「聖書に守られている」と言われます。信仰に「正典」が与えられているということは恵みなのです。聖書がなければ、暴走する車のような人生になるのです。聖書があるから、確かな軌道修正が可能なのです。

「悪人や詐欺師は、惑わし惑わされながら、ますます悪くなっていきます。だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。」(2テモテ3・13-16)