神の審きを深く恐れつつ、人間の罪の現実、憐れみ深いと呼ばれる女たちが自分の子どもを煮炊きして食べる現実を見つめる。そして、これが古代の話ではないのだと、信仰の作家は言う。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、189頁
2020年6月26日(金)
この「信仰の作家」とはカトリック作家小川国夫のことです。『聖書と終末論』の中からとのこと。
聖書は人間の罪の現実を深く見つめます。私たち罪びとは、その現実を見つめることができません。ですから聖書に導いていただいてはじめてその現実を見つめることができるのです。
自分の罪の現実に出会うのですから、聖書の話をするときには決意を伴うのだ、といいます。聖書を学ぶということは、そういう決意、あるいは覚悟が必要なのです。
「憐れみ深い女の手が自分の子供を煮炊きした。わたしの民の娘が打ち砕かれた日/それを自分の食糧としたのだ。」(哀歌4・10)