酒に酔うな、とわざわざ書き記しているのは、キリスト者のなかにも酒による陶酔を求める思いがあるからであろう。身を持ち崩すほどに酔う危険がある。その誘惑にどのようにして勝つのか。聖霊に満たされて歌いなさいという。歌もまた陶酔をもたらす。そのことを否定しない。・・・教会は、その最初から歌に満ちていた。そして「歌によって語り合い」と言う。教会の仲間と語り合う。それにいつも歌が伴う。・・・キリストの教会に与えられている豊かな霊の賜物である歌に生き得ることは、私どもにとってどんなに大きな恵みであろうか。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、172頁
2020年6月9日(火)
身を持ち崩す酔いと、身を生かす酔いがあるということでしょうか。賛美によって語り合う道を神さまは与えてくださいました。本当に感謝です。
「酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。むしろ、霊に満たされ、詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。」(エフェソ5・18,19)