1872年1月横浜にて30名の青年たちが宣教師バラにせがんで西洋人のするように初週祈禱会をしてほしいと頼んだ。・・・ここから、いわゆる横浜バンドと呼ばれるキリスト者集団が生まれ・・・熊本、札幌、その後の発展の方向は異なったが、いずれも祈りを知った青年たちの集いが、のちのキリスト者の歴史を作る出発点となった。遂に荒れ野であった日本に霊が注がれ、潤う園が生まれ、森が造られた。神の霊の奇跡は日本でも起こったことは事実であり、聖霊こそが日本における使徒言行録を刻み始めてくださったのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、166頁
2020年6月3日(水)
のちに横浜バンド、そして日本基督教会に進む道の初めに祈祷会があったということでした。祈りが始まりであり、それゆえ聖霊さまが始まりである、といことです。人間がその時の都合や何かで始めたのではないといういことです。
祈りであれば、教えを受けた者はそれぞれで祈ることもできたでしょう。しかしこの30名の青年たちは、祈祷会をひらいてくれるようにと願ったと言います。いいかえれば、自分勝手に祈ることをしなかった、自分勝手に瞑想することが、とたんに迷走となることを知っていた、だから指導していただきたいと願ったのです。聴く耳のある青年であったということでしょう。聴く耳のあるところ、耳の開かれたところに聖霊はお働きになります。それはあの使徒2章で聖霊に満たされた使徒たちが、他国の言葉で語ったこと、すなわちその場に居る人びとがみな「聴くこと」ができるようにして下さったことを見ても明らかです。
聖霊に満たされるということは、互いに垣根が取り払われ、壁が崩され、互いの違いを受け止めながら、ともに生きていこうとすることです。聖霊に満たされたと主張し、自分との考え方の違うひとを否定し、見下して、分裂していくとすれば、それは聖霊に満たされていないということです。
それはさておき祈りは指導されなければならないことなのです。信仰に生きている先輩のキリスト者たちの祈りに聴き、学ぶということが必要です。そして何よりも聖書に学ぶことが必要です。それがないところには、結局のところ自己満足のつぶやきしかありません。祈りは神さまを見上げることであるのに、自分自身に固執することに終始してしまいます。
祈りはまず感謝から始めましょう。感謝すべきことを数えましょう。いきなり願いを訴えることを止めましょう。また神さまをほめたたえましょう。神さまを拝みましょう。神さまを神さまとしましょう。自分が主人ではないことをはっきりと告白しましょう。そうして豊かに働いていてくださる聖霊さまにゆだねましょう。
「ついに、我々の上に/霊が高い天から注がれる。荒れ野は園となり/園は森と見なされる。」(イザヤ書32・15)