キリストについて偉大な教師だと言うたぐいのおためごかしのナンセンスを口にするのはやめましょう

あなたはキリストについて、二つの態度のうちの一つを選択しなければならないのです。この人は神の子であった―いや、いまもなお、神のことであると信ずるか、それとも狂人、もしくはもっと忌わしいものだと思うか、いずれかです。

・・・

ともかくも、キリストについて偉大な教師だと言うたぐいのおためごかしのナンセンスを口にするのはやめましょう。キリストはそんな言葉の根拠になるようなことは、何一つ言っておられません。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、410-411頁

2019年10月21日(月)

自動車のマニュアルを見ながら、それを料理のレシピにして夕食の準備をする人はいないでしょう。聖書を読んで、道徳的な生き方を追求することは、それとよく似ています。聖書は罪の赦しについて、永遠のいのちについて記されている祈りの書です。それを単なる倫理道徳の教科書に貶めてはなりません。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ2・6-8)