つつましい宴会の客のすべてに行きわたるようにと余分の葡萄酒を提供なさったとき、主はたしかによきわざ(グッドワークス)をなさると同時によい出来ばえ(グッドワーク)をも提供なさっていたのです。それはこのうえなく美味な葡萄酒だったのですから。
何かを製作するにあたって質への配慮を怠る人は、主の教えに忠実とは言えません。
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芸術家もしばしばグッドワークについて語ります。もっとも近ごろでは以前ほどではないようで、いまでは意義のあるとか、重要なとか、現代的なとか、大胆なといった言回しのほうが好まれています。これはよい兆候ではないと私は考えているのですが。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、173-4頁
2019年5月1日(水)
今日5月1日は「労働者聖ヨセフ」の日です。ヨセフという名前は、聖書の中では特別です。創世記には幾多の困難を乗り越えながら世界を救うヨセフが登場します。救い主の誕生においてマリアの夫ヨセフは欠かせない存在です。教会が誕生した時に大きな役割を担うこととなるバルナバはヨセフと呼ばれたと書いてあります。
さて現代は質よりも量の時代を迎えているようですが、やはり量とともに質も大切なことを聖書は語っています。仕事もそうですし、いのちもそのようです。
「ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。」(マタイ1・24-25)
「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」(ヨハネ2・10)