今日の若者が

今日の若者がキリスト教を受けいれないのは、教師たちに伝える気がないか、伝えることができないか、どっちかだからです。・・・自分がもっていないものを、人に与えることはできません。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、39f頁

2019年1月23日(水)

のべ伝えられる側の問題よりものべ伝える側の問題にルイスは注目します。
のべ伝えられる側の問題がないわけではないと思いますが、のべ伝える者にとっては、自分自身の問題こそまず取り組むべきことであるからでしょう。
「伝える気がないか、伝えることができないか、どっちか」とは厳しい言葉です。
伝える気がないとすれば、愛の問題でしょう。伝えることができないとすれば、知恵や知識の問題でしょう。いずれも宣べつたえる者の大切な修練の一つであると思います。これらをあとまわしにして、のべ伝えられる側の問題点をあげつらっていては、愛の宣教は進まないということでしょう。

「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。」(コロサイ3・16)