ある目的をもち、特殊な行為をする神、あることをし、あることをしない神、選択し、命令し、禁止する神、はっきりした性格を備えている、具体的な神について語りはじめたとたん、聞き手の態度は冷たくなります。困惑するか、怒りだすか、聞き手の反応は二つに一つです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、38f頁
2019年1月22日(火)
聖書の語る神は人格神です。絶対他者として私たちに迫る神です。
私たち罪びとである人間は、自分たちの思い通りになる神を望みます。しかし罪びとの思い通りということであれば、そこにあるのは滅びでしょう。罪びとである私たちを愛し、その罪をさばき、またゆるし、新しく生きる、いのちに生きることを誰よりも望んでおられる神。それが聖書の神です。
「キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました。」(第1ペトロ1・20)