われらは誠実でありたいのです

主なる神よ、聖霊をつかわしてください。慰め主をです。慰め主はわれらをすべての光、すべての真理へと導き入れるのです。それゆえにわれらは日ごとの生活において、あなたに自分をおゆだねします。われらは誠実でありたいのです。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、136f頁

〔言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。〕(ヨハネ1・14)

2018年6月15日(金)

誠実でありたいとの願い。そのような願いに生きたいと思います。

誠実に生きようとすると、自分自身を常に吟味して、誠実に生きているだろうかと問い続けなければならないように思います。しかしこの祈りのことばは、誠実に生きるためには、自分に固執していてはできないと語っているようです。もちろん自分自身を棚に上げる、あるいは放置しておくということではありません。自分自身を神さまのおゆだねするのです。

誠実に生きる道を開き、誠実に生きることができるように、神さまが導いてくださることを信じるのです。神さまに信頼して人生の道を歩んでいくのです。

この神さまは、三位一体の神さまですから、私たちを導くことができます。単純な一神教の神では導くことができません。また多神教の神は倫理的な基準が一つでないので導くことができません。三位一体のおいてご自身をあらわされた神ご自身が私たちを誠実であるようにと導いてくださるのです。慰め主である聖霊さまを求めたいと思います。