愛しまつる在天の父よ、われらはみもとに赴くことがゆるされています。あなたがわれらをあなたの子としてかぞえていてくださり、われらの心がわれらの神、救い主であるあなたに赴くことをのぞんでいるからです。それゆえに、みことばをもまた、われらにあって祝福されたものとなし、われらが新しく立ち直り、地上で生きなければならなぬ世々の艱難のもとにあっても、われらの心が強くなるようにしてください。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、35f頁
〔あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。〕(ガラテヤ3・26,27)
2018年2月3日(土)
洗礼は単なる儀式というわけではありません。父と子と聖霊の名による洗礼ですから、その時がキリストに結ばれる時です。洗礼式という客観的な事実を兼ね備えている決定的な時が、救いの根拠となるのです。
私たち人間は、神さまのもとに行くことを喜びとしています。それは神さまご自身が私たちを神さまの子として数えていてくださるからです。
また神さまのもとに行くことを喜びとするようにと私たちを造ってくださったからです。
神さまのもとに赴くことが、この世にあって強く生きる道を開きます。神さまの愛をいただいて、この世にあってその愛に生かされていくのです。