み名を崇めさせてください

あなたは実に大いなる確信をわれらの心に与えてくださいました。われら自身の生活の中に、さまざまな経験をくりかえし与え、イエス・キリストについての大いなる経験にまで至らしめ、キリストのいのちより、力といのちとをくみつくすことを得させてくださいました。み名を崇めさせてください。そうすればわれらの生は目標をうるのです。今この地上にあって生きているわれら自身の時代に対しても、しっかりと、強く、確信をもつことができるのです。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、28f頁

〔本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。〕(フィリピ1・10,11)

2018年1月27日(土)

将来に向かって、いまこのとき、大切に生きることができる。信仰は私たちにそのような生き方を得させます。

イエスさまは生きて働いておられるまことの神さまです。私たちを愛して十字架でいのちを捨ててくださったお方です。また三日ののちに復活し、尽きることのないいのちに生きる道を私たちに開いてくださいました。死は終わりではありません。死は絶対的なものではなく相対的なものとなったのです。ですから私たちは死を良い意味でも悪い意味でも物事の解決の手段としては絶対視しません。

み名を崇めることが、私たちの生の目標を確かにする道を開きます。み名を崇めることによって、今この地上にあって、しっかりと、強く、確信をもって生きることができるのです。

み名を崇めるということは、どういうことでしょうか。乙女マリアは天使から御子イエスさまの受胎を知らされたときに神さまを賛美しました。その歌はマリアの賛歌としてルカ福音書に記されています。「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます」(ルカ1・46,47)。

この「あがめ」ということばは原文ギリシャ語で「メガレ」とあり、「大きくする」という意味だそうです。つまり神さまを崇めるということは、神さまを大きくするということなのです。

神さまは目に見えません。毎日の生活の中では確かにおられるはずの神さまが小さくなりがちです。あるいは見失われてしまいがちです。そのような生活の中で、信仰者は神さまを大きくするのです。そうすれば、生きている意味を見出すことができ、その生きている意味、生かされている意味を確かにすることができるのです。

(今回から新共同訳聖書を引用します)