主、われらの神、義の神よ、み光を照らし、われらの道にあってみ光をわれらに添わせ、みことばと聖なる霊のゆえに、われら自身が光りあるものとなりうるようにしてください。
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われらの心を導き、われらの心がひたすらあなたを賛美し、あなたがしてくださったすべてのことを感謝しうるようにしてください。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、27f頁
〔あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。〕(マタイ5・14,15)
2018年1月25日(木)
神さまを信じる者は、この暗やみの世にあって光です。この光は自分自身の中から出てくるように見えますが、実は神さまご自身が私たちを光としてくださっているのです。
神さまご自身が光です。その光こそまことの光です。まことの光である神さまが、罪びとでしかなかった私と共にいてくださいます。私に添っていてくださいます。それで私も光となるのです。
ですから光となり続けるためには、神さまがそのようにしてくださるようにと「祈る」ことが大切です。
光となるというのはどのような状況でしょうか。それは、ひたすら神さまを賛美し、神さまがしてくださったすべてのことを感謝する、ということです。神さまを賛美するものは光り輝いています。すべてのことを感謝する人は輝いています。
逆に文句を言う人、不平を言う人は暗く沈んでいます。神さまを賛美するのではなく人生を呪っている人、他人や世界の欠点をあげつらっている人は、醜く黒ずんでいます。
神さまがともにいると約束してくださいました。その恵みの約束を明らかにするためにまことの神であるお方がまことの人となってこの地に来てくださいました。そのイエスさまにあって、今日も喜びと感謝に歩みましょう。