あなたはわれらを助けてくださいました。そしていつも助けてくださいます。それゆえにわれらはあなたの前に立ち、信仰の全き確信をもって心のうちによろこぶことができるのです。
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孤独なままに静けさの中にある時にも守ってください。試練の中にあっても、人生の多くの混乱の中にあって、しっかりと、力強くいることができますように。み手にすがって歩み、すべての過ぎ行くものの上に高く立つ者として、明るく輝きつづける者にしてください。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、14頁
〔そして、私に仰せられた。「あなたはわたしのしもべ、イスラエル。わたしはあなたのうちに、わたしの栄光を現わす。」しかし、私は言った。「私はむだな骨折りをして、いたずらに、むなしく、私の力を使い果たした。それでも、私の正しい訴えは、主とともにあり、私の報酬は、私の神とともにある。」〕(イザヤ49・3,4)
「私の力」を使い果たしたので、もう自分の中に力がありません。それでようやく神さまのお力に生きる道が開かれました。神さまが助けてくださったので神さまご自身の前に立つことができました。いまも助け続けていてくださるので神さまの前に立ち、また歩みつづけることが出来ます。信仰の歩むことが出来るということも、神さまの助けなくして不可能です。こうして信仰に歩んでいるということも神さまの助けがあるからなのです。神さまの助けがあるので全き確信をもって喜びに生きることが出来るのです。
その全き確信は祈りを生みだします。この地にあってしっかりと立って生きることができるようにとの祈りを生みだします。
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