杯を飲む
2016年5月12日(木)杯を飲むとは、自分の人生として受け入れたものを、他に一つとして同じもののない悲しみや喜びのすべてと共に、本当の意味で自分にふさわしいものとし、自己の一部とすることです。
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杯を飲むとは、私たちを呼んでおられる神に自由な心で勇気をもってついて行くこと、そして自分自身の道を誠実に歩み続けることです。ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
176頁。
悲しみや喜びを、「自分にふさわしいものとし、自己の一部とすること」「神に自由な心で勇気をもってついて行くこと」「自分自身の道を誠実に歩み続けること」。
そうするならば、神さまは「永遠のいのちの『水』を充たしてくださ」います。
人生が充実しないのは、悲しみや喜びを、自分の人生にふさわしくないものとして避けているからです。それらを与えてくださった神さまについて行こうとしないからです。誠実に自分の人生を歩み続けようとしないからです。
ひとたび喜びと悲しみを受け取るならば、人生の充実が始まるのです。
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