琴を奏でて神に感謝する
私が王にならないですんだことを
王になったら、たくさんのおべっかを言われ
おそらくだめな人間になったであろうまたこころから祈り求める
この地上で
あまりにも豊かな人間にならないように
そして誰もそんな人間にならないようになぜならば、栄誉も富もひとを駆り立て高慢にし
多くの危険を招く
多くの人びとのこころをゆがませてしまう
以前はしっかりしていたのにどんなに金銭があり、財産を積んでも
なるほどいろいろなこともできるかもしれないが
健康も、眠りも、勇気をもって生きることも
造り出すことはできはしないこれらはすべて、叱りも否も!
ただ与えられる贈り物、祝福!
それ故に、私はひどい苦労をしようとも思わない
これらの金銭のために神よ、ただ、日々を与えてください
まだ生きることを許される限り
神は屋根の上の雀にすらいのちを与えられる
それならば私に日々のいのちを与えてくださらないはずはない!マティーアス・クラウディウス(1740-1815)
C・メラー、『魂への配慮の歴史 第8巻』 「正統派、敬虔派、啓蒙派の時代の牧会者たち 2」、日本キリスト教団出版局、2002年10月24日発行、234ページff
マティーアス・クラウディウス(Matthias Claudius)は、1740年にホルスタイン地方ラインフェルト(当時はデンマークの支配)に牧師の息子として生まれました。本人は聖職者にはならなかったようですが、その活動は多くの人々を励まし慰めたようです。讃美歌422「われらたがやし」の作詞者でもあります。14才年下のレベッカさんという奥さんとの間に12人の子どもをもうけたましたがうち3人は早世されたようです。1815年1月21日に74才で召天されています。
この言葉は心にしみました。あまりにも物質的に豊かさを求めている現代にあって。
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