「一粒の種子より生成し、枝葉繁栄して生物の歓然集会する所に至る者は謙樹なり。」
新井奥邃、『聖言』、40
「一粒の小さな種から生れ成長し、枝葉が繁り栄えていって、生きる全てにおいて喜びにあふれている。そのような状態に達する者は、謙遜の樹木である。」
小さなことから始めて、それらが一つひとつ成長し、実を結び、そうして喜びに至ること。そのような人生、そのような活動、それらは、謙遜によって生み出され育まれます。
人間は、人よりも賢くなろう、偉くなろうとし、他と競争して、自分中心で生きてしまうと、ともに生かされていることの喜びを失ってしまいます。真の成長とは、喜びがあるかないかがカギです。それは謙遜によって成り立ちます。
〔聖書の個所〕
同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。
(第1ペテロ5章5節)
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