〔啓示と宗教〕
2015年5月25日(月)
他ならぬ信仰者は、自分は信仰から信仰にやって来たとは言わず、そうではなくて―不信仰から来たのだと言うでしょう。
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しかしまさに人間の宗教それ自体は啓示により、啓示への信仰において、宗教に対する反抗として明らかにされます。啓示から見た宗教は、神の業の代わりに人の作り物を押し進める、という人間の試みとして明らかになります。言うなればそれは私たちに啓示において現れ、見える神の現実の代わりに、人がわがまま勝手に自ら立案した神の似姿であります。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、303ff。
人間が作り出した宗教は、「人がわがまま勝手に自ら立案した神の似姿」ですが、そのことが明らかにされるのは「啓示」においてです。
神さまが一方的な恵みによって、私たちにご自身を明らかにしてくださり、私たちはその神さまのお働きによって、神さまを知る者としていただきました。それによって、私たちが生まれながらに神さまを信じていたことが、わがまま勝手に自ら立案した神の似姿であることを、知らされました。
私たちはただ神さまの啓示によって神さまを知る道を歩みます。
今日も神さまは私たちにご自身を啓示してくださいます。
(祈り)
神さま、あなたを知る者にしていただいたことを感謝します。
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