言葉の時代

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〔イエス・キリストの昇天〕

2015年5月21日(木)

戦いは勝った、時計は止まった、しかしなお神は「忍耐」しておられる、なお神は待っておられる。神は忍耐のこの時代のため、教会を世に置かれた、そして教会が福音のメッセージにより満たされ、世界が、福音を聞くというこの申し出を持つということ、それがこの最後の時代の意味であります。
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教会がキリストと今まさにまったく信仰においてのみ聖霊によって結ばれている時代、キリストの一度だけの地上の存在と栄光に包まれた再臨との合間の時代です。すなわち、大きな機会の、世に対する教会の使命の時代、伝道の時代です。
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この合間の時代に、最後の時代に、待つことと神の忍耐の時代に、今や神の摂理のあの二重の秩序が当たります。教会と国家の関連が、内外の領域の関連がその対立において、だがその並列においても生じます。それらは最後の秩序でも最後の言葉でもありませんが、正しく理解すれば、神の恵みに相応しい立派な秩序を目標にしています。昇天はこの「私たちの」時代の始まりであります。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、297f。

イエスさまは昇天されて以来、忍耐していてくださっています。私たちのために。世界のために。
私たちは福音を正しく理解し、この世界にイエスさまが主であることを告げ知らせます。

(祈り)
神さま、みことばを宣べ伝えさせてください。

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