2014年2月13日(木)
「わたしは、この唇で、あなたの口から出るすべての要求を言い表します。」(詩篇119・13)大きな苦悩に直面する時、神の言葉のかわりに敬虔な決まり文句を並べることを恐れ、われわれはしばしば堅く口を閉ざしてしまう。正しい言葉を見いださずに沈黙してしまう軽率で不信仰な場合がある。
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神の「すべての要求」を自分の唇で言い表すには、たくさんの精神的な経験と修練と幼な児のような信仰の確信とが必要である。心全体がすでに神の言葉によって支配されていなければ、自分の唇をイエス・キリストに仕えるものとすることを学ぶことはできない。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、78頁。
苦しみに出会う時、その苦しみから救うことのできる唯一のものは神さまの言葉です。そしてそれは聖書の言葉です。どんなときにも、聖書の言葉をたくわえ、聖書の言葉に寄りすがりながら生きることが必要です。ですから自分に対して、あるいは隣人に対して聖書の言葉を言い表そうとするのですが、罪人である人間の唇から出てしまう言葉は「敬虔な決まり文句」になってしまうことがしばしばです。それでそのことを恐れるあまり沈黙してしまうのです。沈黙することをここでは「軽率で不信仰」なことと語ります。
沈黙という軽率と不信仰に陥らず、神さまの言葉を自分の唇で言い表すことができるためには「たくさんの精神的な経験と修練と幼児のような信仰」が必要であるといいます。そうして心全体が神さまの言葉によって支配されていなければ、苦しみから救うことのできる神さまの言葉を語ることができないのです。
(祈り)
神さま、私の唇をイエスさまに仕えるものとしてください。語る言葉が自分自身を、そして隣人を真に生かすものとなりますように。そのために心全体を神さまの言葉によって支配してください。
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