2014年1月15日(水)
「心の貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである。」(マタイ5:3)
イエスのためにまさに放棄と困窮の中で生きている弟子たちの上にこそ、天国はひらけるのである。
・・・
彼らは十字架において宝を持つのである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、31頁。
貧しさ。自分自身を召してくださったイエスさま以外に望みを置くことができないほどの貧しさ。そのような貧しさの中にある弟子たち。その弟子たちの上にこそ天国がひらけています。
貧しい者は幸いです。
逆に貧しくないということ、豊かであるということ、イエスさま以外に望みを置くことのできる様々なものを持っているということ、そのような者には天国はひらかれないのです。幸いはないのです。幸いが見えなくなっているとき、自分自身を振り返ると、イエスさま以外のものに望みを置こうとしている姿が見えてきます。
イエスさまだけを見上げて、イエスさまだけにお頼りしてきょうも歩んでいきたいと思います。
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