2014年1月8日(水)
「あなたのもろもろの戒めに目をとめるとき、わたしは滅びることはありません。」(詩篇119:6)
私は自分の力に信頼することによって、弱くなり、病める者となってしまう。
私は自分の財産の上に家を建てることによって、その財産を一夜にして奪い取られてしまう。
私は名声と力により頼むことによって、深い底に転落してしまう。
私は自分の正しさに得意になることによって、罪に打ち負かされてしまう。
このように、すべて「肉を自分の腕とする者」(エレミヤ17:5)の生は滅びてしまうのである。
しかしもし、自分の目がこの世で人間や名誉や財産にではなく、ただ神の戒めにのみ向けられるなら、その時私は滅びないであろう。それは神の戒めが決して破壊されないからである。
そして神ご自身が戒めを保持し、戒めを仰ぎ見る者をみな守られるからである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、16頁。
神さまの戒め、すなわち聖書の言葉以外のものを土台として生きようとするとき、その生は滅びます。
しかし神さまを土台として、聖書の言葉を土台として生きようとするとき、その生は平安と愛に満たされます。
神さまの守りの中に自分自身を発見することが大切です。
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