悪魔との戦いにおける武器とは

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もし私たちが自分の武器で悪魔と戦おうとして悪魔と議論しようとするならば、暗闇や悲しみが心に入り込むことになります。

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もし人が内的・外的にお犯す罪で、悪を行い、善行を怠ることにおいて、つまり高慢、怒り、霊的怠慢、愚かな欲望、過度の情愛において聖霊を悲しませるならば、神は退かれます。

哀歌3章33節
2013年11月10日(日)

『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
335頁

自分の武器で悪魔と戦ってはいけません。神さまの武具によって戦わなければなりません。

自分の武器とは、高慢、怒り、霊的怠慢、愚かな欲望、過度の情愛ではないかと思います。それらは人間的にな力に満ちています。しかしそれらは悪魔との戦いには何の役にも立ちません。

神さまの武具とは、エペソ6章によると、真理の帯、正義の胸当て、平和の福音、信仰の大盾、救いのかぶと、御霊の与える剣である神のことば、そして祈りと忍耐。つまり真理、正義、平和、信仰、救い、聖書の言葉、祈り、忍耐。これらによって悪魔との戦いを戦うのです。また人生の戦いをも戦うのです。

この戦いは「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(ガラテヤ5章22~23節)という聖霊の実を結ぶという勝利を私たちの人生にもたらします。

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