私はあなたが兄弟のところに行って、だれでもなく彼自身に言うまでは平安はないと主を信頼しています。
マタイによる福音書18章15節
2013年10月18日(金)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
311頁
「主を信頼しています」という文章がこの文章に中にしっくりとはまっていないように思いますので、素直に文意が心に届かないのですが、おそらく「私はあなたが兄弟のところに行って、だれでもなく彼自身に言うまでは平安はない」ということを主にあって確信しているということでしょう。
あなたが平安に生きるために、人間が平安に生きるためにはこのようにしなければならないというのです。すなわち罪を犯している兄弟がいたならばまず二人だけのところで忠告するということです。それ以外の道を選択するならばあなたには平安がない、人間には平安がない、というのです。
二人だけのところで忠告するということを最初に選択しないということは、噂話をするということでしょう。陰口を語るということでしょう。
噂話、陰口のあるところには平安がありません。平安を生み出すということがありません。
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