自分自身の欺瞞に気づくために

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死や地獄よりも罪を恐れなさい。(痛みをもった)恐れではなく、主に対する憧れを持ちなさい。そうすれば私たち自身の欺瞞に気づくでしょう。

ローマの信徒への手紙11章20節
2013年8月23日(金)

『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
252頁

欺瞞とは「人目をあざむき、だますこと」(広辞苑)とあります。私たち自身が人目を欺き、だましてしまっている、そのことに気づくために、主に対する憧れを持ちなさい、と語ります。憧れとは「理想として思いを寄せること」(広辞苑より)です。神さまをいたずらに恐れるのではなく、愛すること、大事に考えること、大事にすることです。そうすることによって、自らが誰かを、時には自分自身を欺いて生きることから自由になれると語るのです。

欺きの人生に祝福はありません。他人を欺かなければならないのは、自分自身を欺かなければならなくなっているからです。自分自身に正直になると、他人に対しても正直になれます。

欺きの人生を歩んでいるということはどういうことかを考えるために、ローレンス・ブロックを引用してみましょう。

腹をすかさず(ハングリー)、怒らず(アングリー)、孤独にならず(ロンりー)、疲れないこと(タイアード)。頭文字は”HALT(立ち止まれ)”。禁酒初心者への月並みなアドヴァイスながら、長く禁酒を続けている者にもあてはまることばだ。これを無視すると、心が自分に逆らって働きだし次に気がついたときには手にグラスを握っているということにもなりかねない。

ローレンス・ブロック、『償いの報酬』、二見文庫、田口俊樹訳、353頁

腹をすかしてもそれを無視する、つまりおなかがすいたということを後回しにして、自分でも気づこうとせず人にも素直におなかがすいたといわないこと。怒ってしまうこと。何でも人のせいにしたり、人生のせいにしてしまうこと。人を避ける。いたずらに人とのコミュニケーションを避ける。直接話すことをメールで済まそうとする。などなど。これらは自分を欺く生き方がもたらすものです。

自分を欺かない生き方は、健やかに自分自身を生きる生き方となり、結果隣人ともうまくやっていくことができます。

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